【2】の続きです。ぜひ【1】から読んでいただけると嬉しいです。
実家から出勤
翌朝。
いつも通りの頭痛と吐き気。「熱があれば休めるのになあ・・・」と思ったが、勿論、熱はない。
なんとか起き上がって、リビングへ行った。
メイクと着替えを済ませて、食卓に座った。ご飯が用意されていたが、相変わらず食欲はなく、むしろ吐きそうだった。両親はすでに食事を済ませており、後は私の分だけだった。
お茶を飲みながら、食事を眺めた。せっかく用意してくれたのだから、食べないと悪いとは思ったが食べられなかった。
母は「食べないの?」というような顔をしていた。私は正直に「ごめん、食べられない。何か食べると吐きそう。」と言った。
母は何も言わなかった。ただ、「食べなくて大丈夫なの?」「たまには食べたくない日もあるよね。」と言ってくれた。私は、「いや、ここんとこずっと食べられてないの。」と言った。それが精一杯だった。やはり、体調不良やメンタルの不調について話すことはできなかった。
「親に迷惑かけたくない」「心配させたくない」という強い意識があるのだろうか。それともただのプライドだろうか。「話さなくても大丈夫そう、持ち直せる」と思ったのか。なぜ話せなかったのかは、自分でもよく分からない。
その日は実家から出勤し、実家へ帰った。帰ったら両親が「おかえり」と言ってくれること、温かいご飯が用意されていることが本当に嬉しかった。誰かがそばにいてくれるだけで、こんなにほっとするんだと思った。次の日は休みだったため、早めに就寝し、ゆっくり眠った。
次の日は休みではあったが、溜めに溜めた看護サマリーを片付けるために職場に行きたかったし、他に予定もあったため、私は実家を後にした。
結局、両親に何も話すことはできなかった。それでも、「消えたい」という気持ちは薄れ、少し気分が落ち着いているのが分かった。一人暮らしの家に戻っても大丈夫だと思えた。それに、「また精神的に追い詰められたら、いつでも実家に帰ってこれる」という事実が、安心感につながっていた。
先輩からの言葉が図星だった
ある雨の日、遅い時間に、ベテランのAさんと2人で帰っていた。
「最近どう?そろそろ2年目だね。大丈夫?」Aさんは、そう聞いてくれた。
とても優しい先輩で、普段からよく声をかけてくれる方だ。消えたいと思うほどメンタルが落ちていることを打ち明けるつもりはなかったが、少しだけ、話してみようと思った。
「いや~、最近、きつくて・・・。」
泣きそうだった。大きく息を吸って、続けた。
「先輩になるのに、仕事は全然できないし、技術的なところもまだまだ自信が無くて。先輩になれる気がしないです。」
Aさんは、「うんうん」といつも通りに聞いてくれた。そして、こう言ってくれた。
「できないことは悪いことでは無いよ。何ができないのかを明確にして、できるようになるために自分がすべきことをやったらいい。できないことなんて、あって当たり前だよ。まだ2年目なんだから。」
そして、経験が少ない技術や自信が無いことについても聞いてくれた。そうやって話しながら、私の家の近くまで送ってくれた。
家の目の前に着いた。Aさんと別れるため、お礼を言おうと立ち止まり、Aさんと向き合った。
「遅くにすみません、送っていただいて、ありがとうございました。」
Aさんは、まっすぐ私の目を見て、穏やかに、こう言った。
「・・・ぽんさんは、すごく分かりにくい。そして、1人で抱え込むタイプでしょ。
ぽんさんは、できない自分を自分で責めて、追い詰めて、看護師をやめるパターンだと思う。」
図星だった。
本当に、その通りだった。
Aさんにはもちろん、先輩にも同期にも、両親にさえも、誰にも話していないのに。「きつい」とは言ったが、「やめたい」とは言っていないし、泣いてもいないのに。
自分で感じていたことを、こんなにはっきりと誰かに代弁されたのは初めてだった。
言葉が出なかった。何か言おうと思ったが、喉につっかえたようで、声が出なかった。
肯定も否定もできなかった。
雨が降っていて助かった。私が声を出せず立ち尽くしていても、雨のおかげで無音になることは無い。おまけに、傘で少し顔を隠すこともできる。
Aさんはさらに言った。「看護師をやめたいわけではないんでしょ?」
正直、今すぐにでもやめたかった。やめたいどころか、消えたいとさえ思うのだから。
でも、反射的に、「はい。」と答えていた。馬鹿正直に答えられるはずがなかった。
Aさんは続けた。「先輩に相談するのは難しいかもしれない。でも、誰かに話したら、すごく楽になるよ。私がそうだったから。○○さんとか、年が近い先輩でもいいし。誰かしらに言ってみるといい。」
そして、「ごめんね。最後の最後に説教みたいになっちゃった。」と笑った。
私はやっとの思いで、「いえいえ!ありがとうございます。」と言った。そして、送ってくれたことへのお礼を伝えて、Aさんと別れた。
家に着いてドアを閉め、荷物を放りだして、泣いた。
悲しいのか、情けないのか、悔しいのか、先輩の優しさが嬉しいのか、分からなかった。感情がぐちゃぐちゃだった。
速攻でお風呂に入り、髪を乾かしてそのままベッドに直行した。泣きながら、いつの間にか眠っていた。
同期とのご飯で、ようやく体調不良について話した
体調・メンタルの不調を自覚してから、約2ヶ月が経つ。
先日、同期と飲みに行った。居酒屋でおいしいご飯を食べ、お酒を飲んだ。仲の良い同期しかいない状況で、お酒が入ったのもあって、「今なら少し話せるかも」と思った。かなり勇気がいったが、私は同期に体調不良について話すことにした。
「も~毎日毎日、残業きつくない?」「なんでこんな忙しいんだろうね」と同期が言い、チャンスだと思った。「きつすぎるよね~」と返して、「実はさ」と切り出した。
「ちょっと前から、ずっと体調が悪くて。」
同期は「えっ」と言った。
私は、「起きた瞬間から吐き気がするんだよね。朝ご飯も食べられないし」と言った。目の前にいるのは先輩でも先生でもなく、仲の良い同期なのに、ものすごく緊張した。動悸さえした。
でも、やっと言えた。
誰かに悩みを言うのがこんなに勇気のいることだったとは。
考えてみれば、私はこれまで聞き役に徹することが多かった。いつも相談を受ける側で、相手に共感し、求められればできる限りの自分の考えを伝えることはしていた。それもあって、何気なく自分の思いを話したり、悩みを聞いてもらうことが下手なのだろう。
同期は驚いていた。そして、「え、それ師長さんに言った?」と言った。
「ん?ここで師長さんが出てくるのか?」と私は思った。
「それ、やばいよ。師長さんに言いなよ。面談あるやろ?」と言われた。
師長さんに言うレベルでまずい状況だったのか。言われて初めて気づいた。
そして、やはり言って良かったと思った。メンタルの不調については言い出せなかったが、体調不良のことを同期に知ってもらえただけでも、少し前進したのではないだろうか。幸い、数日後にちょうど、師長さんとの面談の予定があった。そこで全てを吐き出そうと思った。
師長さんとの面談
「もう、全てを打ち明けよう」「このままでは本当に潰れてしまいそうだ。全て話したら楽になるかも」
そう思った。でも、師長さんに言ったら、プリセプターの先輩に一瞬で情報共有されそうだとも思った。
ただでさえ問題児なのに、メンタルまで病んでいるのかと思われたくなかった。迷惑をかけることになるし、これ以上先輩に負担をかけることはしたくなかった。
でも、優しくて、スタッフのことをいつもしっかり見て、1人1人に声をかけてくださる師長さんを頼ろうと思った。
いや、頼りたかった。
誰かに頼りたかった。自分だけで抱え込むのは、もう限界だった。
「よし、師長さんに話そう。」
そう決めて、次の出勤日に職場へ向かった。
しかし、そううまくは行かなかった。
面談の日は自分も師長さんも忙しく、結局、元々予定していた最低限の内容を話す時間しかなかった。そのため肝心なことは何も話せず、面談は終わってしまった。
何も話せなかった。
何も進展しなかった。
忙しい師長さんと話せる機会はとても貴重なのに、無駄にしてしまった。
個人的な相談をしようと思ったら、また新たに師長さんとの日程調整が必要になる。年度末で、毎日遅くまで残って仕事をしている師長さんに、私の「病み話」を聞く時間は無いだろう。
これから、どうしよう。
【4】へ続きます。